藤澤五月の姉も父親&母親も現役選手!?性格や彼氏の噂も気になる!

2016年、カナダのスウィフトカレントで開催されたカーリング世界選手権で日本初となる銀メダルを獲得したLS北見。

スキップというポジションでスーパーショットを連発し、銀メダル獲得の原動力ともいえる大活躍で一躍脚光を浴びた選手がいました。

その名も、藤澤五月(ふじさわさつき)選手。

カーリング一家で育った藤澤五月選手はプレーだけではなく、その持ち合わせた美貌でも人気を誇っています。

今回はそんな藤澤五月のカーリング一家の実態に迫り、性格や彼氏の噂も徹底調査していきたいと思います!
アイャツチ画像引用元:https://cyclestyle.net/article/2016/03/25/34029.html

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藤澤五月の身長や体重は?プロフィールまとめ

生年月日:1991年5月24日生まれ
出身地 :北海道北見市美山町
身 長 :156cm
体 重 :非公開
趣 味 :500円貯金
学 歴 :北見市立北見中学校卒
北見北斗高等学校卒
所 属 :株式会社コンサルトジャパン

これまでの主な成績

▼クラブ成績

【2010年】
・中部カーリング選手権優勝(中部電力)
・日本カーリング選手権3位(中部電力)
【2011年】
・中部カーリング選手権優勝(中部電力)
・日本カーリング選手権優勝(中部電力)
【2012年】
・中部カーリング選手権 優勝(中部電力)
・日本カーリング選手権 優勝(中部電力)
【2013年】
・中部カーリング選手権 優勝(中部電力)
・日本カーリング選手権 優勝(中部電力)
【2016年】
・日本カーリング選手権 優勝(LS北見)

▼日本代表成績
【2008年】
・パシフィックジュニアカーリング選手権 優勝
・世界ジュニアカーリング選手権 7位
【2009年】
・パシフィックジュニアカーリング選手権 優勝
・世界ジュニアカーリング選手権 10位
【2011年】
・パシフィックカーリング選手権 4位
【2013年】
・世界女子カーリング選手権 7位
【2015年】
・パシフィックアジアカーリング選手権 優勝
【2016年】
・パシフィックアジアカーリング選手権 3位
・世界女子カーリング選手権 準優勝

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家族全員現役カーリング選手?

藤澤五月選手の家族構成は、父・母・兄・姉とされていますが、家族全員がカーリング選手ということで、正にカーリング藤澤一族です!

の充昌さんとの尚子さんは今でも現役選手で、2016年1月に行われた北海道ミックスダブルス選手権にも夫婦で「チーム藤澤」を結成して出場、大学生や10代の学生ばかりを相手に3位入賞、そして北海道代表として全国大会への切符を手にします。

全国大会では予選敗退しますが、もしも全国大会で2位までに入賞していたら平昌オリンピック出場の可能性もあったわけで、前代未聞のオリンピック親子出場になったかも知れないと思うと、非常に残念だったと言わざるを得ません。

も父と一緒に「チーム北見」として、オホーツクブロック選手権など大会に出場し、も藤澤五月と「チーム北見」の女子チームである「ステイゴールドⅡ」で活躍していたそうです。

普段はOLだった!

藤澤選手は北見北斗高等学校を卒業し、中部電力へ就職しましたが、2015年4月に中部電力を退社、地元の北見に戻って株式会社コンサルトジャパンに所属し、チームも中部電力からロコ・ソラーレに移籍します。

普段は朝8時半から正午まで北見市にある株式会社コンサルトジャパンという保険会社で電話対応や書類整理という事務作業をこなし、午後からはロコ・ソラーレのメンバーとトレーニングに励む毎日のようです。

藤澤五月がカーリングを始めたきっかけは?経歴まとめ

それでは、カーリング藤澤一族の末っ子、藤澤五月選手の経歴を見ていきましょう。
藤澤五月
画像引用元:https://pbs.twimg.com/media/DJXFOkVV4AAGsyn.jpg

カーリングを町技とする、北海道北見市美山町(現在の常呂町)で生まれた藤澤選手は、両親の影響で5歳からカーリングを始めることになります。

そして北見市立北見中学校から北見北斗高等学校2年まで地元で父がコーチを務める「ステイゴールドⅡ」というチームで本格的にプレーします。

当時から頭角を現していた藤澤五月について、父は

「ターゲットどおりにストーンを出す技術は、ジュニアのころから抜けていた」

と話すほどでした。

2008年には日本ジュニアカーリング選手権、日本パシフィックジュニアカーリング選手権で優勝、日本代表として出場した初の世界ジュニアカーリング選手権は7位、

翌年の日本ジュニアカーリング選手権、日本パシフィックジュニアカーリング選手権で連覇を達成、2度目の世界ジュニアカーリング選手権では10位という輝かしい成績からも、その実力は裏付けされることになります。

高校を卒業した藤澤選手は、スカウトされるかたちで中部電力に就職し、カーリング部の創設メンバーとして活躍することになります。

発足間もない中部電力は中部カーリング選手権で優勝すると、翌年開催された日本カーリング選手権で中部代表として出場し初優勝を飾る偉業を達成、いきなり日本女子カーリングの頂点に立ち、パシフィックカーリング選手権に日本代表として出場しました。

その後も連覇を重ね、中部カーリング選手権で4連覇、日本カーリング選手権でも4連覇を達成し、そのままソチオリンピック出場権を期待された中部電力でしたが、日本代表選考会でミスが続き、北海道銀行に惜しくも敗れ、ソチオリンピックへの道は閉ざされてしまいました。

2015年4月に約5年所属した中部電力を退社し、本橋麻里の誘いを受けてロコ・ソラーレへ移籍し、同時に株式会社コンサルトジャパンに所属することを発表します。

ロコ・ソラーレへ移籍した藤澤選手は、元チーム青森でカーリング界のパイオニア的な存在である本橋麻里、ソチオリンピック出場権を賭けて死闘を演じた北海道銀行を戦力外になった吉田知那美等、新たなチームメイトと再びオリンピック出場へ向けて再スタートを切ることになります。
藤澤五月
画像引用元:http://kentrend.com/

ソチオリンピック代表選考会ではミスが続き不調気味だった藤澤五月でしたが、地元へ戻り気分転換できたのか、再び好調を取り戻し、

2016年3月の世界女子カーリング選手権で日本初の銀メダル獲得に大きく貢献します。

そしてその勢いのまま2017年9月、カーリング平昌オリンピック女子代表決定戦で古巣の中部電力を9-5で下して念願のオリンピック出場権を獲得しました。
藤澤五月
画像引用元:https://pbs.twimg.com/media/DJW0wH5UQAAmTnw.jpg

藤澤五月の移籍理由は?有力説はこれだ!

藤澤五月選手が中部電力からロコ・ソラーレに移籍した理由がネットなどでいくつか取り上げられています。
本当の理由がなんなのでしょうか。

①:北海道銀行に敗れたためソチオリンピックへの出場が叶わなかったから
②:チーム看板選手でキャブテンだった市川美余が結婚引退したから
③:①②の理由により中部電力自体がカーリング部の運営方針を見直す動きがあるため、更にオリンピックへの出場が厳しくなったから
④:そこにタイミングよくロコ・ソラーレから誘われたから

これらの要素が働いて藤澤選手は移籍したのではないか?というのが一般的な説になっているように見受けられますが、少し違うような気もします。

有力説としては以下の通りです。

藤澤選手は今回の移籍についてただ一言、「環境を変えたかった」と話しています。

ジュニア年代からカーリングに打ち込み、突っ走ってきた藤澤五月。

そしてオリンピック出場という周囲の過度な期待とプレッシャーという重圧と戦い、疲弊したのかも知れません。

ここで一度、カーリング人生の原点である地元に帰り、リセットしてから再スタートを切りたかったのではないでしょうか?

それが「環境を変えたかった」という言葉として現れたのではないでしょうか?

藤澤五月の性格は?

藤澤五月は自身の性格について「負けず嫌い」と分析しています。

そして好きな言葉として

「世の中に失敗はない。チャレンジしているうちは失敗はない。諦めた時が失敗である。」

という言葉をあげています。

確かに藤澤選手のこれまでのカーリング人生はチャレンジの連続でした。

ジュニア年代から中部電力に所属したあたりまでは勝ち続けていたかもしれませんが、勝ち続けるということもまた、プレッシャーとの戦いの連続だったはずです。

勝ってあたりまえ、負ければ非難されることは宿命だったと思います。

ソチオリンピック出場を賭けた北海道銀行との戦いに敗れた後の疲弊感は言葉に言い表せないものだったでしょう。

しかし藤澤五月は諦めることはありませんでした。

環境を変えるため、原点に戻る意味で地元北見に戻り、LS北見に移籍して一からやり直した結果がカーリング世界選手権での日本初の銀メダル獲得に繋がり、念願だった平昌オリンピックの出場権を獲得するという結果を生み出しました。

実家に戻った藤澤選手を父は次のように話しています。

「家事はよくやってくれます。凝り性で、なんでもとことんやるタイプ」

藤澤五月は負けず嫌いで、凝り性で何でもとことんやる性格ということが、これまでの経歴でも納得できますよね。

藤澤五月に彼氏や結婚の噂は?

藤澤五月選手は実力だけではなく、そのかわいさでもファンを魅了しています。

彼氏や結婚の噂はあるのでしょうか?
男性ファンにとっては気になるところですよね。

SNSやネットで調べてみましたがそのような噂は上がっていませんでした。

今はカーリングに集中して平昌オリンピックでメダルを獲得した後に落ち着いて婚活をスタートさせるのかもしれませんね。

今はとにかくメダル獲得に集中してもらいましょう!

最後に

順風満帆に見えて、決してそうではなかった藤澤五月選手。
平昌オリンピック出場を決めるまでの道のりは決して平たんではありませんでした。

しかし決して諦めることなく、持ち前の負けず嫌い根性と、カーリング一家である家族の支えがあって成功してきました。

平昌オリンピックで表彰台に立つ姿が待ち遠しいですね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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