井上大仁の高校大学での成績は?強さは妄想力?東京五輪勝利宣言か

井上大仁東京マラソン

2017年2月26に行われた東京マラソン2017。

全体8位、日本人トップでゴールし、世界陸上ロンドン大会男子マラソン日本代表に選ばれたのは、何とフルマラソン2回目でマラソン界では無名の井上大仁(いのうえ・ひろと)選手でした。

今回はマラソン界の無名選手から、世界陸上日本代表という大きなチャンスを掴んだ井上大仁に注目し、高校や大学での成績や経歴、強さの秘密など徹底調査したいと思います!




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井上大仁の身長や体重は?プロフィールまとめ

生年月日:1993年1月6日生まれ
身  長:165cm
体  重:51kg
家族構成:父、母、姉、弟
出身高校:鎮西学院高校
出身大学:梨学院大学
所  属:MHPS(三菱日立パワーシステムズ)
趣  味:散歩
種  目:長距離・マラソン

<自己ベスト>

種 目 記 録
1500m 3分49秒64
5000m 13分42秒72
10000m 28分12秒96
ハーフマラソン 1時間01分39秒
フルマラソン 2時間08分22秒

 

井上大仁の経歴は?

長崎県の鎮西学院高校を卒業した井上大仁は駅伝で名高い山梨学院大学に進学します。

1年時から箱根駅伝に出場。1区を1時間3分13秒で10位の記録を残します。

2年時の出雲駅伝は1区を23分34秒で5位、全日本大学駅伝は1区を43分23秒で2位、箱根駅伝では3区を1時間6分40秒で7位という結果でした。

3年時の全日本駅伝は2区を38分08秒で1位区間賞、箱根駅伝は2区のエノック・オムワンバがレース中に故障して途中棄権したため、区間順位は付かなかったものの、5区を1時間21分11秒で8位相当の走りを見せました。

4年時は全日本駅伝で4区を41分28秒で3位、箱根駅伝は3区を1時間2分56秒で3位という成績。

山梨学院大学を卒業後はMHPS(三菱日立パワーシステムズ)に入社し、フルマラソンに初挑戦することになります。

・2016年びわ湖マラソン 2時間12分56秒 9位
・ニューイヤー駅伝2017 4区3位 1時間3分14秒
・東京マラソン2017     2時間8分22秒 8位(日本人1位)




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結果を残せなかった高校時代

井上大仁の高校時代はどうだったのでしょうか?

井上は地元長崎県の鎮西学院高校に進学します。

5000mのタイムも今や13分台が珍しくない中で、1年時にようやく14分台に入り、2年時に14分30秒、3年時で14分29秒というごく普通の成績でした。

更に長崎には強豪校である諫早高校が壁となって立ちはだかり、井上は全国高校駅伝に一度も出場することはできなかったようです。

3年時には県大会で1区を走り、後に同じMHPSでチームメイトとなる諫早高校のエース・的野遼大を破り29分18秒で区間賞を獲得しますが、その後の走者がふるわず2位となり、最後まで結果を残すことはできませんでした。

飛躍は山梨学院の恩師

鎮西学院高校を卒業した井上は駅伝強豪の山梨学院大学に進学しますが、ここで上田誠仁監督の指導を受け頭角を現し、飛躍のきっかけとなりました。

3年時の全日本予選では前年同様に最終組を任せられると組3位と見事な走りで2年連続のトップ通過に大きく貢献、

箱根予選でも全体5位の好走、さらに箱根予選の疲れも気になる2週間後の全日本では2区を走って区間賞、そして世界ハーフマラソン代表にも選ばれるなど、大学でもトップクラスのランナーへと成長を遂げていきます。

井上本人も

「山梨に行くことを決めた時から、マラソンで世界を舞台に戦う選手になることが目標でした。自分は負けず嫌い。大学では、その思いが強すぎてレースで失敗することもありましたが、上田監督のもとで勝ちにこだわる強い気持ちと、冷静な判断力の両方を持つ走りを学ぶことができました。」

と当時を振り返っています。

マラソン転向は高校の時に決めてた!

井上がマラソン転向を本気で決意した背景には高校時代の恩師である入江初舟監督の存在が大きく関係しているようです。

井上はマラソン転向について次のように話しています。

「入江先生によく言われたのは『人は自分で思った分しか伸びない』ということでした。

だからその時に『じゃあ僕は世界レベルの選手になります』と宣言したんです。

もちろん自分でも半信半疑でしたが、大学に入る頃には長い距離を自信をもって走ることができていましたし、

『自分はマラソンで勝負したい』という気持ちが芽生えはじめていました。」

井上は山梨学院大学へ進学した理由の一つに、OBに尾方剛らマラソンで実績を残している選手が多かったことをあげていることからも、高校の時にマラソン転向を決意していたことが伺えます。

井上大仁の強さは妄想力!

井上大仁選手の強さのメカニズムは強いメンタルが基礎になっているようです。

井上は常に夢を持ち続け、その夢を叶えるための原動力「妄想」だと表現しています。

何故そう思うようになったのでしょうか?

それは先ほども少し触れましたが、結果の出なかった高校時代に唯一、強豪校である諫早高校のエースである的場遼大を区間で破った瞬間です。

井上はこの時を次のように振り返っています。

「的野はすでに5000mを14分08秒32で走っていましたし(井上は14分29秒)、どうしても勝てなかったんです。

3年の時にはなんとしても都大路を走りたいという想いから、県大会の1区を僕が29分台前半の記録で走り、ぶっちぎられた的野が『クソッ、負けた』という顔をするのを見て『ヨッシャー!』と喜ぶ姿を思い描いていたんです。

実際のレースでは、体がビックリするほど動いて完全にハマッたレースができて、それを達成することができました。

高校時代で的野に勝ったのはその1回だけ。でも、そこから妄想が止まらなくなったんです。」

井上の妄想は高校時代から始まっていたんですね。

それは当時の入江監督から言われた

「人は自分で思った分しか伸びない」

という言葉がきっかけだったと言えます。

入江監督の言葉を受け、

「じゃあ僕は世界レベルの選手になります」

と妄想し、今では2020年に行われる東京オリンピックで先頭を走り、新国立競技場の大歓声の中でトップでゴールテープを切り、黒木監督とガッチリ握手をするその瞬間まで妄想を続けているに違いありません。

そこには「本気で思えばいける、不可能と思ってはダメなんだ!」と信じることができる井上の強いメンタルが見え隠れします。

最後に

165cm、51kgという小さな身体で世界への挑戦状を叩きつけた井上大仁。

身体は小さくても大きな夢を抱き、実現させるまでのプロセスを妄想し、何がおきても常に前向きな姿勢を崩さない、その強いメンタルこそが井上の強さの秘訣といえます。

好きな言葉は「世界を変える」

夢を現実に、井上大仁の妄想力はとどまることなく続きます。




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