萩野公介強さは才能?努力?脅威の練習量と母の食事徹底管理か!

リオオリンピック400m個人メドレーで金メダルを獲得した日本競泳陣のエース萩野公介選手。彼の強さはいったいどこから来るのか?
萩野公介選手の強さの原動力となった驚異の練習量や母親の食事管理など萩野公介選手の強さの秘密に迫ります。

萩野公介の身長や体重は?プロフィールをチェック!

名 前 :萩野公介(はぎの こうすけ)
出身地 :栃木県小山市
生年月日:1994年8月15日
血液型 :B型(非公開)
身 長 :177㎝
体 重 :71㎏
出身高校:作新学院高校
大 学 :東洋大学文学部
種 目 :個人メドレー-背泳ぎ-自由形

萩野公介の経歴や成績まとめ!

2012年ロンドンオリンピック 
・400m個人メドレー3位

2013年世界水泳選手権
・400m自由形2位
・200m個人メドレー2位

2014年世界短水路選手権
・200m個人メドレー1位
・400m個人メドレー2位

2016年リオオリンピック
・400m個人メドレー優勝
・200m個人メドレー2位
・4×200mフリーリレー3位

主な世界大会での成績を上げただけでもこれだけ素晴らしい成績を収めています。

そんな萩野選手が水泳を始めたのは、驚きの生後6ヶ月

母が萩野選手にスポーツを通して友達を作って欲しいという想いから水泳を始めさせたようです。

その才能は素晴らしく学童、中学、高校と新記録を樹立し、記録を塗り替えられていないんです!

競泳日本中学記録

・200m自由形 1分49秒25
・400m自由形 3分55秒10
・50m背泳ぎ 26秒17
・100m背泳ぎ 55秒33
・200m背泳ぎ 1分59秒71
・200m個人メドレー 1分59秒26
・400m個人メドレー 4分16秒50

競泳日本高校記録

・400m自由形 3分46秒89
・100m背泳ぎ 53秒58
・200m背泳ぎ 1分55秒12
・200m個人メドレー 1分57秒35
・400m個人メドレー 4分08秒94
引用:wikipedia

高校3年生の時のロンドンオリンピックには男子個人メドレーの種目としては日本人選手初、高校生の選手としては56年ぶりの銅メダルを獲得し競泳界に新たな息吹が生まれた瞬間でした。

翌年の日本選手権では、200m個人メドレー、400m個人メドレー、200m自由形、400m自由形、100m背泳ぎと日本選手権史上初の5冠を達成し一気に日本の競泳界を引っ張る存在として注目されるようになります。

1つの大会で5つのレースに出場するだけでも大変なのに5つのレースに優勝する萩野公介選手はすごすぎです。

疲れがたまってすべてのレースで力を100%出すのも難しい状況なので、圧倒的な強さがなければできない芸当でしょう。

リオオリンピックでは男子400m個人メドレーでこの種目日本人初となる金メダルを獲得し、名実ともに現在の日本水泳界ナンバーワンのスター選手となりましたね。

萩野公介の強さは才能ではなく努力の賜物?

小学3年生から高校3年生まで指導を担当していた前田覚コーチは

「公介はずっと順風満帆に来たと思われているが、決してそうではない。彼は努力の天才。練習中にぶっ倒れてしまうんじゃないかとこちらが心配になるくらい限界まで自分を追い込める。才能のある子が誰よりも努力をしたから、ここまでの選手になったと思う」

と語っています。

萩野公介選手は小学生の頃から才能の片りんを見せてはいましたが腕立て伏せが2~3回しかできないなど決して筋力が強い選手ではありませんでした。

ただ水をつかむ才能には優れていて手を足をうまく使い水中のドルフィンキックのスピードがめちゃくちゃ速かったそうで、当時から目立った存在だったみたいです。

その萩野公介選手のような才能のある選手が努力したことによって今の萩野公介選手は作られたと言っていいでしょう。

小学校低学年の時に教えていた八木未来コーチによると、小学校低学年ですでに多いときは5千メートル平均で4千メートルの距離を泳ぎ、すでにその時実力的には小学校4年生の全国大会レベルには達していたそうです。

萩野公介選手は中学2年生の時に右ひざ半月板損傷で手術をする事態に陥ります。

しかしむしろこの事態が結果的に成長の糧になったみたいです。

それまでは水の中で泳ぐばかりで陸上でのトレーニングが苦手だった萩野公介選手が手術で泳げなくなったので腹筋運動などをするしかない状況になり結果として筋力が上昇し、復帰後すぐに出たレースでいきなり中学記録を出しました。

高校での練習量はさらに増え、時期によって違ったようですが、泳ぎ込みの時期になると、1日に8,000~9,000mぐらい、それを2回やる場合もあって、1万6,000~1万8,000mぐらい泳いでいたようです。

幼稚園、小学生で出した日本記録がいまだに破られておらず「金メダルに一番近い小学生」とその名をとどろかせていたという萩野公介選手。

中学生の時の怪我も経験し、順風満帆な

萩野公介を支えた母の食事管理が凄い!

萩野公介選手は野菜や牛乳が嫌いなうえお菓子好きで高校に入るまでは母親の貴子さんも放任主義で放っておいたそうです。

しかし高校に入るときに一念発起し萩野公介選手の食事管理に力を入れます。

それまで1日3食から7食に食事を増やし、週3回の朝練がある時には4時半に起きて料理を作ったそうです。
お母さんの平均睡眠時間は4時間で冷凍食品を使うことなく3年間料理を作り続けたそうです。

そんな萩野公介選手の食事管理のノートは3年間で4冊に。その内容の一部を上げると

・牛乳を飲まない萩野公介選手のためにタンパク質の多い豆類を使用したり、血液サラサラ効果のある玉ねぎを使用。

・卵焼きもあまり好きではないので干しエビを入れてアクセントを。

・疲労回復に効果的な豚肉に食欲を促す梅を刻んで生姜焼き。

・さつまいも単体で食べるのが好きじゃないので粉チーズをかけバターを使って焼くと粉チーズが焦げておいしくなるのでひと手間かける。

・タンパク質が豊富な切り干し大根を作り、ビタミンと鉄分が豊富なアサリの水煮を入れる。

・ブロッコリーは食べず嫌いだから、おかかと梅を入れ食欲増進。

・シシャモの南蛮漬けには栄養価の高い緑黄色野菜を使う。

・捕食メニューにはおにぎりを作り、具はカルシウムの多いシラスと干しエビを使う

などなど書ききれないほどの工夫と愛で萩野公介選手の食事管理をしていたそうです。

母の愛ってすごいですね。

萩野公介選手は

「母が栄養を気にしてくれていたのは分かっていたが、当時は時間に追われてかき込むように食べていた。今思うと本当に恵まれていたし、母には感謝している」

と語っています。

最後に

リオオリンピックで金メダルを獲得した萩野公介選手。彼がオリンピックで金メダルを獲得するには萩野公介選手自身の才能や努力はもちろん、周りの人の支えによって作られたものなんですね。

そんないろんな支えによって強くなった萩野公介選手は東京オリンピックでも金メダルが期待されています。

ぜひ本人はもちろん周りの人のためにも頑張ってほしいものですね。

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